ネパールのロックダウン(カトマンズ・エベレスト街道)

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ネパール ヒマラヤ ロックダウン

2020年3月初旬にネパールへ入国し、ヒマラヤ・エベレスト街道トレッキング中にネパールロックダウン、5月中旬のチャーター機で帰国するまでの日記になります。

ネパールはこれで7回目。

いつもは2週間〜1ヶ月の滞在でしたが、その短い期間ではヒマラヤの素晴らしさを受けとめきれないという思いがあり、今回は思いきって3ヶ月ビザを取得し、飽きるまでヒマラヤにいよう!という目的でネパールへ行ってきました。

トレッキングコースは、エベレスト街道・ルクラ→カラパタール→ナムチェ→カリコーラ→ジープでカトマンズ のルート。実現しませんでしたが、途中6000m峰登山とゴーキョも予定してました。

ネパール入国

ネパール カトマンズ タメル地区

3月初旬にネパールへ入国。今回は片道航空券での入国だったので、あらかじめ3ヶ月ビザを日本で取得していました。

入国時は検温があったくらいで、あとは特にいつもと変わりない感じで入国。

空港からタメル地区までのタクシー内では、トレッキングの勧誘をひたすら受け流しながら予約していたホテルへ。

いつもお願いしているタメル地区にある旅行代理店で、事前に予約していた国内線飛行機のチケットと6000m峰登山の支払いを済ませて、ルクラへ。

タメルは、普段通り観光客・タクシー・バイク・キャッチで賑わってました。

トレッキング開始

今回は最大3ヶ月、飽きるまでヒマラヤにいよう!と準備してきたので、急いで歩く必要は全くなく、1日の歩行時間は3時間程度。同じ場所に何日も停泊することも。天気が悪ければもちろん前に進まず、ロッジでのんびりしてました。

トレッキング客は少ないと言われていましたが、3月のエベレスト街道は初めてだったのでいつもの様子がわからなく、私から見たエベレスト街道は沢山のトレッキング客で賑わってるように見えました。

トレッキング中にロックダウン

ネパール エベレスト街道 ナムチェ

順調にのんびりトレッキングをしながらナムチェに到着したあたりで、エベレストはじめヒマラヤのエクスペディションのパーミッションが全て取り消しになったニュースを知り焦ります。

私は6000m峰のパーミッションを取得していたので、これもキャンセルなのかと旅行会社に問い合わせてみたら、私が申し込んだ6000m峰はエクスペディションにはならないのでOKとのことでした。

ホッと胸を撫で下ろし、そのままトレッキングを継続して標高5000m越えのゴラクシェプへ。

トレッキング客はかなり少なくなりましたが、まだ団体ツアー客、個人のトレッカーがいました。

ここでアイランドピークを予定していた日本人に会いましたが、アイランドピーク はクローズになって登れなくなったから帰りますと。

やっぱり6000m峰もクローズかとガッカリしましたが、念の為旅行会社へ連絡すると、私の申し込んだピークは登れるよとのこと。宿泊していたロッジのスタッフに聞いてみると、クローズしてるから登れないと言われましたが、旅行会社へ問い合わせると登れるという回答。

私は1人で歩いていてガイドとはベースとなるディンボチェで合流予定だったので、とりあえずガイドに会って話を聞くことに。

そしてとりあえず、まだ6000m峰に登れるチャンスが残っているならば高度順応しなければとカラパタールとエベレストBCへ行きました。

ネパール エベレスト街道 カラパタール

高度順応できたなと自信がついたあと、ゴラクシェプからディンボチェへ行くと、全てのロッジがクローズしていてビックリ!

ガイドと合流する予定のロッジもクローズしてましたが、私が行くと開けてくれました。そこでガイドと会い、やっぱり私が申し込んだ6000m峰は登れるとのこと。そこで、天気予報をチェックして登山日程を確定させました。念の為、旅行会社へ再度確認すると登山OKとのこと。

登山開始日までの数日は、近くの丘に登ってトレーニングしたり、洗濯・シャワーを浴びてゆっくり過ごしたりしてました。そして、他にトレッキング客は誰もいません・・・本当に私は登っていいのだろうかとだいぶ不安になってきてました。

ヒマラヤベストシーズンの、こんなに素敵な景色のところに、いつもなら多くのトレッキング客で賑わってるはずなのに、今は客は私しかいない・・・

ネパール エベレスト街道 ディンボチェ

でも、登山OKと許可が出ているなら登ろうと精神統一に励んでました。

私にとってヒマラヤの6000m峰はかなり集中しないと登れないところ。体力的なトレーニングは日本で整えてきたし、高度順応もできたから、登頂できない理由は天候不順以外は自分の弱いメンタルのみ!毎日、登頂するイメージトレーニングしてました(笑)

登山開始当日の朝

登山開始当日の朝、レンタルブーツのサイズ合わせを済ませていざ出発しようとした時になんと、スタッフから登山NGを言い渡されました。

ええーーー!!!これまで何度も確認したのにー!!!

やっぱりな、という思いと、きっともっと早い時点でわかってたことじゃないのか、とか思いました。

私は精神統一してたので、この時のガッカリ感はハンパなかったです。

旅行会社へ問い合わせると、ロックダウンが終わればまた登れる、それまでそこで待機している方法があるよと言われましたが、もうこの時点で登山を中止してカトマンズへ戻ることにしました。

登山中止からナムチェへの道

ディンボチェにいるトレッキング客は私1人なので、当然他の全てのロッジはクローズしてます。ルクラまで戻るために、オープンしているロッジをスタッフに教えてもらって帰路へ。

道中、トレッキング客にはもちろん誰にも会いませんでしたが、地元のシェルパが荷運びしてたり、道の整備工事をしてました。

オープンしていると教えてもらったロッジでは、ことごとく宿泊拒否を受け涙目に。他のロッジでなんとか泊まらせてもらえましたが。

ナムチェは街自体がクローズしていると聞いたので宿泊はできないなと思いつつも、来る時にロッジに荷物を預けていたので受け取りに寄りました。

そこのロッジはいつも泊まっているお気に入りのロッジ。

荷物を取りに寄ったら、この後はどうするの?と聞かれ、泊まるところが無くて困ってることを話すと、ロックダウンが終わるまで泊まっていきなよ!と。ここで一気に緊張が解けてまた涙目に。

ナムチェ滞在3週間

ナムチェのロッジには、他に2人の外国人トレッカーが泊まってました。久しぶりに出会うトレッカーにさらにホッとします。

ルクラまで行って飛行機が飛ぶのを待つか迷いましたが、ルクラは冷たいスタッフしかいないロッジしか知らなく、そこに何日も滞在するのは嫌だったのと、このナムチェのロッジはとっても優しくて親切な家族が経営していて安心できる ということから、フライト再開までナムチェに滞在させてもらうことにしました。

ロッジのオーナーが警察に連絡してくれ、滞在許可をもらいます。

ナムチェでは、隣の村に行かない範囲での散歩はOKだったので、運動不足で下山できなくならないようにトレーニングは毎日しました。

ネパール エベレスト街道 ナムチェ
ナムチェ→シャンボチェの丘の登り降りは、ちょうどいい有酸素運動&下山用の脚力トレーニング

ロックダウンで物資不足などが懸念されますが、畑と家畜がいるから食べる物は大丈夫とロッジのオーナーは言ってました。

私が滞在した3週間、毎日毎食とっても美味しいご飯を作ってくれ、心配してくれ、毎回泊まるたびに思うのですが、ホスピタリティが素敵すぎて本当に感謝です。

ネパール エベレスト街道 ナムチェ

急遽ナムチェからカトマンズまで

この時エベレスト街道に残っていた外国人トレッカーは、ナムチェに4人、ルクラに2人の計6人。

そんなある日、フランス・パリへのチャーター便が飛ぶというニュースがあり、エベレスト街道に残っていた私以外のトレッカーはみんなそのチャーター便に乗るということで急遽カトマンズへ戻ることになりました。

チャーター便に乗るために、カトマンズへジープで戻る通行許可証が手配されます。私はパリ行きのチャーター便には乗りませんが、カトマンズへ戻るジープと通行許可証をついでに手配してもらい、一緒にカトマンズへ戻ることに。

パリ行きチャーター便は6日後。大使館へ申込みに行くためにも4日間でカトマンズへ戻る必要がありました。

ナムチェからジープが出るカリコーラまで2日かけて歩き、もうヘトヘト。一緒に歩いた人は膝が途中で壊れてしまい痛み止めを飲んでなんとか歩いてました。

今回のトレッキングで一番キツかった2日間でした。

ルクラを境に、Wifi・電源・食事・ロッジ・道のクオリティにかなりの差がありビックリ。

ルクラから下は、WifiもSIMでのネットも繋がりませんでした。停電しているところもあり、ここまで一度も使わなかったヘッドライトが大活躍。食事も一気にクオリティが下がります。道は動物の糞の中に足を突っ込んで歩く感じ・・・。新しく買ったトレッキングシューズは糞まみれです。

カリコーラからジープでカトマンズへ

ネパール エベレスト街道 ジープ

カリコーラに到着するとマスクをしている人が増え、ここからは厳戒体制なんだと気が引き締まります。

ジープはまずはサレリまで。乗る前に体温チェックとマスクの配給がありました。

噂では聞いてましたが、本当にぎゅうぎゅう詰めにされます。3人掛けのところは4人掛けだと当然のように言われ、両隣の人とぴったりくっつきながらで骨盤が割れてしまいそうでした。太ってる人が来たら一体どうなってしまうのだろう・・・

サレリでジープは乗り換え。ここでまた、カトマンズまで運転してくれる人を探さなければなりません。

が、ここまで運転してくれた人がカトマンズまで運転してくれるとのこと。ということで、通行許可証をもらいに警察へ向かいました。

そこで係の人になんと、賄賂を求められます。かなり怖い顔で言われたので、かなりの上乗せを要求されたのかとビビりました。この額を支払えば、私が通行許可証を発行してもらえるよう口添えしてあげると。

が、要求された額は単純に車1台分が往復した分の料金を請求されただけでした。(相場を知らなかったので、良心的な金額だったと知ったのはずっと後です。)サレリ →カトマンズ間のジープ1台片道分で2万Rs(約2万円)。これをみんなで割って1人5千Rsです。

サレリからカトマンズまでの道のりでは、検問所は20箇所!!

朝8時過ぎに出発して、カトマンズに到着したのは夜の8時頃でした。(検問で遅れたのもありますが、途中で洗車タイムが2回もあったのも遅い原因・・・)

カトマンズ滞在約2週間

カトマンズでは、一緒にジープで戻ってきた人が荷物を預けていたホテルを再予約していたので、私もついでに予約してもらい泊まることができました。

2ヶ月前に入国した時は賑わっていたタメルも、全てのお店がクローズしてひっそり。

ネパール カトマンズ ロックダウン

ロックダウン中で外のレストランは開いていないため、3食ホテルのオーナーがご飯を作ってくれました。何でも食べたいものを言うと、ネットでレシピを調べて作ってくれ、大大大感謝です!!! 肉・魚・野菜たっぷりのメニューを、1食300円ほどで提供してくれました。

ホテルに1週間滞在し、そのあとは、いつもお世話になっていて、そして今回もお世話になっている旅行会社の方の家にホームステイさせてもらいました。

ホテルはかなり安くしてくれましたし、食事も安く食べたいものを作ってくれたので感謝していたのですが、窓からの景色が悪かったのと夜は音楽が煩かったのがチェックアウトした理由です。部屋のカーテンを開けると、隣の部屋が丸見えな環境で圧迫感を感じてました。

旅行会社の方の家は、以前一度訪れたことがあって、静かで部屋の窓からの景観も良かった記憶があり、呼んでもらえた時は喜んで飛んで行きました。

ネパール カトマンズ ホームステイ
個室は明るく、バス・トイレ付

ネパール カトマンズ ホームステイルーフトップからの眺め

ここでも食事は全て提供して貰えたので、ほとんど家から出ることはありませんでした。部屋からの景観はいいし、バルコニーや屋上で過ごすのが心地よく、ロックダウンの中でも快適に過ごさせてもらいました。

旅行会社の方は親切に泊めてくれましたが、コロナで当然仕事はなく、この先もしばらく仕事はない、と、けっこう気落ちされていて、かける言葉がありませんでした。いつもとても親切にしてもらっていたし、ホームステイまでさせてくれて、どうかまた復活できますようにと祈るばかりです・・・

コロナが落ち着いてヒマラヤがオープンになったら、全力で遊びに来ます!!!

ノマドワーク体験

ネパール カトマンズ ノマドワーク

カトマンズ滞在中のこの2週間は、今回の旅の目的の一つ、海外ノマドワークも体験しました!

カトマンズのWifiの強さには波があり、時々停電もあるので冷や汗が出ましたが、なんとか納品完了。バックアップ電源とスマホのSIMデータは必須でした。

ホテルによっては、サクサクなWifiにバックアップ電源が用意されているところもあるようなので、がっつり仕事を予定している場合は要チェックです。

カトマンズでもノマドワークは可能だと思いましたが、作業はオフラインでできて、納品時とチャットのやりとりだけオンラインでいる必要がある案件のみ請けられるという感想です。

チャーター便で帰国

ネパール 日本 チャーター便

カトマンズ生活2週間、もう今年いっぱいはネパールから出られないことを覚悟した数日後に、日本へのチャーター便が出ると発表がありました。

今年いっぱいネパール生活を覚悟はしましたが、帰国できるならとすぐにチャーター便を予約。

このタイミングでの帰国理由は、もしコロナが終息してまた秋のトレッキングシーズンにはヒマラヤがオープンになる可能性を期待してです。

今年はまだあと2ヶ月のビザが取得できるので、この2ヶ月を秋のシーズンに残しておきたいなと。

出国の前夜は、涙が出ました。

目的の山には登れなかったし、歩きたかったところ全ては歩けませんでしたが、飽きるまでヒマラヤにいたいという願いと、海外ノマドワーク体験は実現できました。

ヒマラヤには全然飽きてませんが、ゆっくり滞在できたので、ヒマラヤの素晴らしさをこれまでよりも受けとめられたような気がしてます。

でもまだまだ受けとめきれてないので、コロナが終息したらまたすぐに戻りたい。

チャーター便の費用は1200ドル。ロックダウンで空港まではタクシー等の乗り物には乗れず、ネパール最後の日もカトマンズでトレッキングして空港へ向かいました。

空港へ向かう当日、ホームステイさせてくれた旅行会社の方には、「空港までの道のりで警察に止められたらチャーター便のチケットを見せて通してもらうんだよ、そしてマスクと手袋をして気をつけてね」と何度も念押しされます。まるで戦地へ送り出される兵士のようで涙が出そうになりました。