ネパール エベレストBC トレッキング5

投稿日:  更新日:


2018年ゴールデンウィークに行ってきたエベレストBCトレッキングの山行日記5です。日記4はこちら

費用やスケジュールなど、概要は下記にまとめています。

DAY14 ジョルサレ – ルクラ(2840m)

数日前にチェックした天気予報では、この日から崩れる予定だった。が、朝起きたらまあまあ晴れている。できれば晴れているうちにルクラに到着したいなと思い、朝の出発は私にしては早めの7:30にした。

朝ご飯は、昨夜盛大に残してしまったので、慎重にメニューを選んだ。
慎重に、シリアルにした。これならまず、味でがっかりすることはないはずだし、完食は無理でも、半分くらいは食べられるはず。
と、
出てきたのは、シリアルの大袋ぜんぶかというくらい凄い料が丼に入れてあり、お湯で溶かした粉ミルクが入ったグラスがついた。
あまりにもすさまじい量に目を疑った。これは、日本のシリアルと違って、見た目はかなりの量だけど実はそんなことはないのかも なんて思い、とりあえずミルクを全部かけてみる。
やはり見た目のままで、この大量のシリアルに対してミルクの量は全然足りていなく、少し食べてみたがボソボソしてとてもじゃないけど食べられない。
申し訳ないなと思いながらも、丼から9割のシリアルを別の皿に移し、ミルクを追加注文。1割のシリアルと追加注文したミルクをかけると、シリアル朝食にふさわしい絵となった。
やっと食べられるものが完成したが、このシリアルはあまり美味しくない。そのため、少し食べてあとはミルクだけ飲んだ という始末・・・
ペリチェの宿で食べたシリアルはお粥みたいでとても食べやすくて美味しかったのに。ロッジによる差はあまりにも大きすぎる。
もしかすると、今日の朝食を用意してくれたスタッフさんは、自分自身でシリアルを食べたことがない人なんじゃないだろうかと思った。シリアルの現地価格がわからなかったが、あまりにもすさまじい量だったので、私が支払った料金では儲けはあったのだろうか疑問しか残らなかった。

カロリーはある程度摂取できたが、美味しい!と思いながら食べることができなかったので、欲求不満が残るまま出発した。
お昼こそは、胃も心も喜ぶ食事をしようと誓いながら歩きはじめた。
もう、食欲を失って今日で7日目。(昨日ナムチェでうどんだけは完食)私は大丈夫なんだろうか・・・
現地食に自分の胃袋を合わせ続けた冒険家の植村直巳さんって、かなりすごいなと思った。成し遂げた冒険もすごいけど、食を現地のものに合わせるって、難易度高い登山を成し遂げるよりも難しいことのように思った。難易度高い登山なんてしたことないけど・・・

こうして、満足な朝食にありつけなかったので体力への不安が少しあったが、出発地点がナムチェではなくジョルサレなので、気持ちは軽い。
お昼に美味しいものを食べようという目標と希望を持って、ゆっくり歩いた。

パクディンでランチ休憩。
ロッジは沢山あるのに、ランチ営業しているところがなかなか見つからない。団体客がいるところを避けてやっとみつけた小奇麗なロッジでやっとランチ休憩。
朝ご飯は失敗しているので、このお昼は慎重にメニューを選んだが、美味しくなかったうえに、セットメニューにあるものが一品品切れでなかった。だけど料金はそのまま。料理が出されたときから、何度も500Rsと言われ、居心地がとても悪かった。この内容で500Rsは高すぎる。またも失敗・・・

胃袋が満たされないままルクラへ再び向かう。ここからは徐々に登りになる。

立派な病院を発見。営業しているのかどうかはわからなかったが、立派すぎてびっくり。
HIMALAYAN SHERPA HOSPITAL と書いてある。

ネパール エベレスト街道 病院

途中から雨が降ってきた。雨具を着ようかどうか悩み、降っては止んでが繰り返されたので、しばらくは雨具を着なかった。
徐々に雨が本格化し、雨具の上だけ着てザックカバーをかけて歩く。
途中、営業していないロッジの軒下で雨宿り休憩をしていると、さらに雨が本格化し、滝のようになってきたので、しばらく様子見。
多少雨が止んだところで歩きはじめるとすぐにまた滝雨になり、ズボンをとおして雨の冷たさが伝わってきた。あわてて雨具の下も身に着ける。
まわりを歩いているネパール人のポーターたちは、ジーンズのまま雨具を着ていないので惑わされたが、彼らに合わせてはいけない。

ルクラ手前の石畳の登りは、登っても登っても、同じ石畳の登りが延々と続き、雨の中修行のように感じた。何度もGPSで現在地を確認してがっかりするを繰り返し、やっとルクラに着いた。

ルクラーカトマンズの飛行機チケットのリコンファームが必要なのかどうかがわからなかったが、リコンファームサービスありと看板に書いてあるロッジに宿泊することにした。
このリコンファームはいまだに謎。地球の歩き方には必ずリコンファームをすることと書いてあるけど、Tara airにメールで問い合わせたらリコンファームは不要という返事があったし、前回泊まったルクラの宿は、空港目の前にある1泊1000Rsする立派な宿。リコンファームをお願いしたら、リコンファームって何のこと??と言われたし。無理やり予約確認をお願いしたら、しぶしぶ電話連絡してくれたが、適当に案内されしかもそれが嘘の案内で、あやうく飛行機に乗り損ねるという経験をした。きっとリコンファームは不要なんじゃないかと思うのだけど、宿によってはリコンファームサービスと看板に書いてあるところがけっこうあるので、リコンファームしないのは不安。ということで、看板にリコンファームサービスありと書いてあるところならきちんと対応してくれるだろうと思い、今回はこの宿に決めた。

部屋代はロッジで食事をしたら無料というところ。ダイニングも個室も綺麗だし、個室からの眺めは開放的でとてもよいところ。
ただ、水が出ないのが残念きわまりなかった。ルクラで水がでないなんてまったくの想定外。

部屋で少し落ち着いたら、服が濡れていてそれで冷えが始まっていることを感じた。着替えずにこのまま体温で乾かそうかと思ったけど、すでに室内はかなり寒く、自分の体も冷え切っていて、着たまま自力で乾かすのは無理なように感じた。そして、このまま着替えなかったら風邪が悪化するように思った。
下着とタイツは着替えがあったが、シャツはもう着替えがない。とても迷ったけど、5日間着続けて洗濯せずにしまっていたシャツに着替えることにした。匂いを嗅いでみたら全然臭くなかったので驚き。日本の山歩きで5日間着続けたシャツだったら、あまりの臭さで卒倒するくらいのはず。日本は湿度がかなり高いところなんだなあと実感した。
こうしてすべてを着替えたら、寒気がなくなりぽかぽかしてきた。
ここまで服が濡れてしまったのは、雨が降ってきたときにすぐにカッパを着ずにいた時間が長かったというのが大きい。ズボンもかなり濡れていた。
今回肌に身に着けていたのは、すべてユニクロ製品。これまでユニクロ製品で困ったことがなかったのだけど、雨に濡れる可能性があるときは、速乾力のあるきちんとした山用のものがいいと思った。ユニクロ製品も速乾性があるといえばあるが、山用のものに比べるとやはり劣る。慣れていたり体力がかなりある強い人なら問題ないだろうけど、軟弱者はきちんと装備にお金をかけたほうがよいと反省した。
あと、ズボンは山道具屋で買ったものだけど、登山用ではなくクライミング用のジャージ素材のものをはいていた。なので、速乾力や撥水性は登山用のものよりも劣っている。なぜこのズボンにしたかというと、ジャージ素材なので伸縮性がかなりあり、履いていて楽だからという理由になる。長時間飛行機に乗るときも、このズボンだとパジャマと同じくらい楽でいられる。 が、雨の時期はこのズボンはやめておこうと反省した。
雨に濡れたのがトレッキング最終日で良かった。標高が高いところだったら大変だった。

着替えが終わりホッとしたあとは、スープを頼んで体をさらに温めた。一口飲むと、とても不味い。どう調理したらこんなに不味いものが作れるのだろうか。 でも、我慢して飲み続けていると、身体の芯からぽかぽかしはじめて、飲み終わったころには、あっついなーと思うほどになっていてびっくり。スープの力凄い!
このあと、リコンファームについて聞いてみたら、近くにTara airの事務所があるからそこへ行くように案内された。 リコンファームサービスありという看板の記載はいったい何だったんだ・・・

Tara airの事務所は閉まっていた。この事務所、オープンしている姿を一度も見たことがない。
宿に戻り、事務所が閉まっていたことを報告すると、電話で確認してくれた。
めでたくリコンファームは完了し、予約チケットに書いてある時間の30分前に空港へ行くようにと案内される。そして、受付でこの宿の名前を言うようにとしつこく案内される。この宿の名前をいえば、絶対に飛行機乗れるとのこと。

なんだか変な感じがしたが、とにかくやらなければならないことはすべて完了したので、夜ご飯の時間までルクラの商店街を散策した。
とくに興味をそそるところはなく、散歩だけして宿に戻り、夜ご飯を待つ。
ベジタブルモモとスープを頼んでいた。not spicyと頼んでいたせいか、モモには一切の味付けがされていなく、塩で食べてみたがかなり不味い。頑張って食べなければと頑張ったが、1個食べてあまりの不味さにギブアップ。スープも不味かったが、身体を温めたくてこれは我慢して完食できた。モモを9割残すのはとても申し訳なく思ったが、あまりにも不味かったので、少し怒りの気持ちもあった。こんなに不味いものを作った本人は食べているのだろうかと。

結局、そんなに食欲が復活しているわけではなかったが、ナムチェの日本食レストランでうどんを完食して以来、まともに食事をとることができなかった。
そしてこの日の夜も、咳が酷くて眠れなかった。

DAY15-18 ルクラ – カトマンズ – 成田

朝目覚めると、ルクラ空港に飛行機が到着しているのが見えた。
天気は快晴ではないが、まだ欠航になっていないのでとりあえずは安心した。

昨日雨と汗で濡れたウェアを部屋に干しておいたのだけど、まったく乾いていない。パンツは1枚しか持ってきていないので、最終日で良かった・・・
濡れているのをまた着るのも嫌だったので、カッパを着ていくことにした。

ロッジを出るときに、昨日リコンファームの電話をしてくれた女の子が、空港まで送ったほうがいいかと聞いてくるので一人で行くからいいよと断った。
空港へ行ったら、このロッジの名前を言うように念を押される。ロッジの名前を出さないと、飛行機に乗れない可能性もあると言われた。私がロッジ名を忘れないように名刺も渡される。

空港へ着くと、予約していたTara Airのカウンターには誰もいない。予定の時間になってもだれもいない。
私が空港へ着いてから1時間たったが、まだ1機も飛行機が到着していなかったので、きっとファーストフライトだけ飛んであとは遅延しているのだろう。案内表示が一切ないので、さっぱりわからない。
Tara Airのカウンターには数人の客しか待っていなかったので、ツアー客やガイドがついている人たちはきっとそれぞれのロッジで待機しているのだろうか。私はしかたないので、ひたすらカウンターの前で待っていた。

みんな窓の外を見ている。天気はまあまあ。
もし欠航になってしまったら今度は違う宿に泊まろう、地球の歩き方にのっている宿にしよう、今夜こそ、何か食べ物を食べたい!など考えつつ、本当に万が一欠航になったら明日からは天候が崩れる予報が出ていたので絶望的だ。今日欠航になったら、明日はヘリをチャーターすることを考えなければならなくなる。明後日の午後にはカトマンズへ戻っていないと、日本行きの飛行機に乗れなくなる。帰国翌日には出社予定のため最悪でも明後日のお昼にカトマンズへ戻ることは必須だ。ヘリのチャーター代は一人だとかなり高いが、満席で割り勘すると一人5万円ほどになるはずなので、この方法でぜひとも乗りたい。一人旅のため、自ら空港で知らない外人に誘いかけなければならない。先日出会った日本人グループの方にはネパールに70回も来ているというベテランさんがいたので、このような事態になったときの相談をしていた。その方いわく、空港に一人でいれば必ず誰かしらに誘ってもらえるから大丈夫だとのこと。みんなヘリ代をシェアしたい気持ちは一緒なので、絶対誰かしらには声かけてもらえるから大丈夫だそう。と聞いていたので、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせつつ、どうか今日普通に飛行機に乗れますようにと祈った。

祈りが通じて、次々に飛行機が到着しはじめ、無事に飛行機に乗ることができた!
あわただしい手続きだったので、ロッジの名前を言うのをすっかり忘れていた。が、まったく何の問題もなかった。

ネパール ルクラ

ボーディングパスには、1 としか書いていない。
Tara Airは他の会社と違い次々と到着するので、到着するたびに自分の番か!と席をたっては席に戻るを繰り返した。
電光掲示板のようなものはなく、誰かがナンバーを叫んでくれるわけでもなく、出口でチケットを確認するおじさんのところに行かないとわからなかった。
私の番の時も、TaraAirのチケットを持っている人がみんないっせいにおじさんに群がったが、1のチケットの人だけが通れた。

天気は快晴に近くなっていて、これなら安全に飛ぶのだろうと予想していたのに、墜落するんじゃないかと思うくらいかなり揺れて気持ち悪くなった。せっかくヒマラヤを見渡せる右側の座席に座れたのに、景色を堪能する余裕はなく地獄の40分を過ごした。カトマンズへ着陸したときには抜け殻になっていた。

酔いが酷かったのですぐにタクシーに乗ることはできず、空港外にあるベンチでしばらく休んでいた。
すごく具合悪いということを全身で表現していたので、知らないネパール人が心配して声をかけてくれた。具合悪くて英語で話をするのはとても億劫だったが、せっかく心配してくれているのに無視できないし、無視したら余計に心配されそうだったので頑張って話をした。
一瞬、タクシーの運転手で客引きに来たのかと構えたが、トレッキング会社のスタッフさんで、彼のお客さんがもうすぐ空港に到着するからタメルまで送迎するために待っているとのこと。空き席があるからタメルまで乗せてもらえることになった。
ツアーの宣伝とか無理やりされてしまうんじゃないかとか、ぼったくりにあうんじゃないか、とか頭をよぎったが、具合悪くてうまく頭がまわらなく、Thanku You!しか言えなかった。

しばらくベンチで一人で休憩し、やっと酔いがはれてきたころ、さきほどのガイドさんが現れ、彼のお客さんとともに駐車場へ。欧米人2人組でトレッキング帰りだった。本当にお客さんが一緒だ! とここでやっと安心し、車に乗せてもらった。お客さんとガイドさんは友達のように楽しく会話しており、こんなガイドさんだったらきっと道中かなり楽しそうだなと思った。
タメルの適当なところで降ろしてもらい、連絡先の交換だけしたけど、とくに何か宣伝をされることもなく、タダで送ってくれた。困ったことがあったらすぐに連絡してねと言ってあっさりお別れ。本当にただただ心配して送ってくれたのだ。ネパールには、こんなに親切な人もいるんだと驚きだった。

ランドリーショップで3時間ランドリーをお願いしたあと、いつものホテルに戻る。
ルクラーカトマンズ飛行機が予定通りだったので予備日がまるっとあまり、このホテルには2泊半することになった。
受付スタッフが温かくお帰りなさいといって迎えてくれた。
オーナーもいて、お祝いにネパール料理を食べに行こうと誘ってくれたが、今の体の状態ではとてもネパール料理を食べられないので申し訳ないけどお腹が空いていないといって断った。

チェックインしたあとは、まずは、念願の2週間ぶりのシャワー。
頭は3回洗い、身体は何度洗っても垢が出てきて途中で疲れ果ててしまう。なんとか頑張り、かなり時間をかけてやっと綺麗になった。
そして、シャワー同様に待ちに待った日本食を食べる時がやってきた!
食欲を失って8日目、やっと胃袋を満たすことができる! とワクワクしながらホテルを出た。

日本食は、タメルの車両禁止区域内にある「ふる里」へ。
生姜焼き定食と、新メニューのアイスクリームを注文した。
注文を待ちながら、なんとなく嫌な予感がしたが、まさかと思い黙っていた。が、嫌な予感は的中し、ご飯の前にアイスクリームが出てきた。
とてもごはん前にアイスクリームを食べる気にはなれず、ご飯の後に食べたいといっていったん下げてもらった。ネパールにはデザートという習慣はないのだろうか。
生姜焼き定食は期待通り、久しぶりの日本食はペロリと完食。8日ぶりにやっと胃袋が満たされた。
体調が悪かったとはいえ、やっぱり日本食だったらトレッキング中ももっと食べることができただろうと思った。次回からは日本食を持参しよう。

本当は、お酒も飲みたかったのだけど、咳が酷くて薬を飲んでいたのでアルコール解禁は残念ながらできなかった。
ランドリーを受け取り、今日こそは、標高も低いし清潔な部屋だし自分自身も清潔になったことだし、胃袋も満たされているし、ぐっすり眠れるんじゃないかと期待して部屋へ戻った。
期待は空しく、咳がかなり悪化して、一睡もできなかった。
深夜、あまりにも苦しいので病院へ行きたいと思い、日本の保険会社へ電話したかったのだけど、ホテルの電話は国際電話がかけられないものだった・・・
日が登るのをひたすら待ち、朝、調べていた外国人用の病院へ向かう。ホテルから歩いて30分くらいで行けそうだったので、タクシーに乗らずに歩いていった。
タメルを少し出たら、あまりにもすごい砂ぼこりに歩いてきたことを後悔し、そして裸足の子供にはギブミーマネーと騒がれてびっくりした。ギブミーチョコレートはよくあったが、お金をせがまれたのははじめてだった。観光地をちょっとでも外れると、こういう世界なのか・・・。
濃厚な30分を過ごし、到着した病院の周りは、静かで砂ぼこりのない環境のところにあった。建物はそこまで立派ではないし、清潔度もそこそこだったが、日本の病院とそんなに変わりない施設にほっとする。

ー詳細は以前書いたので省略ー
ネパールの病院と海外旅行保険

ここで手に入れた強力な咳止めをお昼ご飯を食べたあとに飲んだら、やっと咳が止まって、午後の明るい陽射しの中、かなり久しぶりに熟睡した。
熟睡できることがこんなにも幸せなことだなんて。
薬の効き目がきれそうな時間になると、咳が噴出しそうになる。ので、8時間連続の熟睡は難しかったが、3時間でも熟睡できることは嬉しい。そして、お腹の筋肉をやっと休ませることができてホッとする。でも、咳が止まるのと同時に、なんだか心臓まで止まってしまいそうな感覚があり、どんな薬なのか気になった。ネットで調べてみると、かなり強くて身体への負担が大きく使用禁止にしている国もあるという記述を見つける。ぞっとしたが、もうこの薬を飲む以外の選択肢はなかったので、帰国するまではこの薬を飲み、帰国したらすぐに病院へ行くことにした。
この後は、出国するまでほとんど部屋で休養した。食事以外では外出しなかった。
このホテルはタメルにありながら、部屋の窓からは遮る建物が一切なく、日の光がたっぷり入りとても静か。部屋は清潔で、広さも十分にある。値段はリーズナブルでコスパ◎。朝食も美味しい。HOTEL KATHMANDU HOME NEPAL オススメです。

2泊半したカトマンズは、食事は全部日本食で過ごした。思いおこすと、カトマンズでネパール料理を食べたことがない。アンナプルナトレッキングでは、モモやチョウメンがとても美味しくて感動した記憶があるので、今度健康体のときに、カトマンズでネパール料理を食べてみたい。

日本食レストラン桃太郎の定食は、器が変更されていてお洒落になっていた。

味はばっちり!美味しくて涙が出る。
ラッシーも一緒に注文したら、食事と同時に出てきてしまった。食前か食後がよかったな・・・ 次回はちゃんと注文時に伝えよう。

タメルの真ん中あたりに、新たに日本食レストランができていた。(前からあったのかもしれないけど、私は今回はじめて知った)
店内はとても落ち着いた雰囲気で、ゆっくりできる。この雰囲気は、疲れた体にとてもやさしい。
お店の雰囲気は良かったのだけど、味はいまいち。ほとんど残してしまった。他のメニューだったら美味しかったのかもしれない。

カフェ ちくさ茶房 にももちろん通った。ここのコーヒーはやっぱり美味しい!
100Rs(約120円)で、注文してから豆を挽いて淹れてくれる。ラッシーもとても美味しい!
ホテルとちくさ茶房は歩いて30秒と近いので、お気に入りのお店が近くにあるにあるのは嬉しいかぎり。
はやく、このお店の前の通りも車両通行禁止にならないかなー。

ネパール カトマンズ タメル

ネパール カトマンズ タメル地区

自分へのお土産として、地図を2つ買った。
アイランドピークとメラピーク。1つ500Rs(約550円)。日本ではなかなか手に入りにくいのと、買えたとしても3000円くらいするので、行くかどうかわからないけど、今度はピーク登山してみたいなと思ったので買っておいた。

ピークには私の力では到底一人では登れないので、ガイドの助けが必要になる。
宿泊しているホテルのオーナーがトレッキング会社も経営しているので、アイランドピークへ行くにはいくら必要なのか聞いてみた。
カトマンズからのパックで、2300USD。カトマンズールクラの飛行機代、パーミット代、トレッキングガイド、ピークガイド、ポーター、ロッジ・食事、カトマンズでのホテルと食費(2泊分)込。ただし、2人以上とのこと。もしパートナーが見つからなければ、探してくれるらしい。まったく知らない外国人と一緒に登るということになる。それはまた楽しそうな気もするが、相手次第では登頂できない可能性があるし、その逆もある。私のせいで相手の方が登頂できないなんて申し訳なさすぎる・・・。スケジュールはかなりタイトで、ナムチェやディンボチェで高度順応のための2泊というのはない。言語は英語。日本語ガイドはいないか聞いてみたが、日本語ガイドだと料金高くなるので英語ガイドにしなさいとのこと。私は英語があまりしゃべれないのだけどと躊躇すると、あなたの英語力は全然OKだと太鼓判を押してくれた。こんなカタコトでもいいのか!

道中出会った日本人グループの方たちは、日本語ガイドを雇っていて、約35万円(日本ーネパール間飛行機代は別)と言っていたので、10万円くらい安いということになる。
日本ーネパール間の飛行機を仮に10万円とすると、約35万円ほどでサポート付アイランドピーク登山ができる。天候や体調不良で日程に余裕を持たせたいと思ったら、これにプラス5~10万円くらいだろうか。チップやその他もろもろ合わせてきっと50万円くらいはかかっちゃうだろうなあ。

ちなみに、クライミングギアはチュクンでレンタルできるらしい。(話で聞いただけなので確実ではありません)
冬用登山靴はサイズの問題があるので持参するとしても、そのほかのものはチュクンでレンタルできれば、荷物はだいぶ少なくて済む。

一応、ケチな性格上、もっと安く行ける方法がないかとチュクンからのみガイドをお願いすることはできないか聞いてみた。950USDとのこと。ただし、カトマンズールクラの飛行機代、パーミット代は別になる。思っていたよりも高い。これなら、カトマンズからのパックにしたほうがよさそうだと思った。スケジュールも、ハイキャンプなしのかなりハードなものだったし。

と、まだどうするのかは決めていないが、アイランドピークへ行く場合のおおよその予算がわかったので、あとは行きたくなったらもっといろんな旅行会社に聞いてみることにした。

ガイド登山は自分の力量以上の世界に連れて行ってもらえるのでとても魅力に感じているが、天候や自分の体力に合わせて登りたいという思いも実現させるためにはかなりの費用がかかってしまうので、どうしても躊躇してしまう。そんな中、ネットで調べているうちに、南米のアコンカグアは個人登山が許されていて、ノーマルルートであれば特別な登攀技術は不要だということを知り興味を持った。(もちろん標高7000m近いところだし、ネパールのようにポーターサービスやロッジが充実しているわけでもないので、簡単に誰でも行けるというわけではない)
南米のことはほとんど知らない。いつも安くて美味しいチリワインを楽しんでいるくらい。南米がどんなところなのか、少しづつ調べていくうちに、とても興味を持った。ラテンの世界ってどんな感じなんだろう。アルゼンチンの国土はとても広いけど、人口は日本の半分にも満たないことにびっくり。というか、アジアの人口密度がすさまじいことをはじめて知った。アジアは人が住むのにとてもよい大地なのが理由らしい・・・? 日本は小さな国だと思っていたけど、人口密度だけ見るとすごいなと思った。私の部屋が狭いのも、人口密度のせいか。
少しづつ調べていくうちに、南米に行ってみたくなりウズウズ。登山がメインイベントだけど、南米に住む人たちとふれあってみたい。ラテンのノリを感じてみたい。
そんなわけで、次回はかなり長い休暇と資金と体力の準備が必要そうだ。

のんびり部屋で休養していたので、こうして色んな思いを巡らせることができた。カトマンズからの飛行機は23時だったので、夕方頃にシャワーを浴び、20時ころホテルを出発した。夜間だったけど、受付スタッフだけではなくオーナーも見送りしてくれて嬉しかった。

空港はとても混雑していてなかなか入場できない。あまりの混雑ぶりに、有名人が到着する予定でもあるのかと思ったが、単に身内を見送る人たちで溢れかえっているだけだった。
ボーディングパスには、いつものとおりゲートナンバーが書いていない。なので、ずっと電光掲示板をチェックしながらソワソワしっぱなし。
飛行機に乗り込むと、後ろ半分は同じ帽子をかぶったネパール人男性の集団が占拠していた。ネパール国旗と韓国国旗が帽子に刺繍されていたので、きっと韓国へ出稼ぎに行く人たちなのだろう。彼らの目は生き生きしていたので、全く他人の私が何か思うのもおかしいが、なんとなくこんなのおかしいなと思いながら座席についた。

朝方香港へ到着し、トランジット時間は8時間ほど。プライオリティパスを使ってラウンジでひたすらのんびり過ごし、職場の人たちへのお土産を購入し東京へ戻った。


最後までお読みいただきありがとうございました。


-->
人気カテゴリー

comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です